本日も、りけいのりがお届けします。
今回は、循環型社会のミニチュアであるアクアポニックスについて解説します。アクアポニックスとは、魚の養殖と野菜の水耕栽培を1つの場所で実現した生産システムです。アクアポニックスはAquacultureと(Hydro)Ponicsの造語です(下図参照)。
ここでは、魚、野菜、微生物について言及がされています。これらの生物がどのように交わり、アクアポニックスを形成しているのか。仕組みから応用まで迫ります。
アクアポニックスって何?
まずは、アクアポニックスに関する基礎を抑えます。アクアポニックスは、陸上養殖と水耕栽培を連結したシステムです。このシステムは、大きく分けて3つのプロセスによりなります。
- 魚への給餌(養殖)
- 魚の排泄物の微生物、作物による分解
- 作物の生育(栽培)
ここで、以下のエネルギーは外部から供給する必要があります。
- 力学的エネルギー:水流の形成
- 光エネルギー:作物の栽培
- 化学エネルギー:魚への給餌
ここで(熱力学的には)、外部からエネルギーを供給する以上、孤立系とは呼べません。給餌による物質の供給も伴うので、閉鎖系でもありません。あくまでも、人間が必要最小限の手を加えるだけで、物質循環と生物の生育が進行する系を目指します。この点、アメリカで建設されたバイオスフィア2のような閉鎖空間での生態系形成とは設計思想が異なります。
力学的エネルギー、光エネルギーの供給は、アクアポニックスにおけるハードウェアの部分なので、設計がしやすいです。一方、化学エネルギーの供給は生命の生育に直接的に関与する他、化学反応に依存する点で結果の予測が難しいです。実際、物質循環が、アクアポニックスにおける課題となります。
アクアポニックスの物質循環
ここで、物質循環について考えるために、問題を切り分けます。物質循環には、2つの側面が存在します。
- 栄養循環:ここでは、生物の生育に必要な化合物の循環とします。
- 固体としての物質循環:魚への給餌には固形肥料を用いることが一般的です。そこで、固体を利用すると詰まり(ファウリング)を生じ、循環をストップします。したがって、循環する物質の物理的性状を考慮する必要があるのです。
ここでは、栄養循環について考えます。以下、日本産業技術教育学会誌掲載の、"技術科教育におけるアクアポニックス教材の提案"、2.アクアポニックスの基礎概念を主に参考としています*1。より詳しい情報に興味のある方は、参考文献のリンクより御覧ください。
アクアポニックスで第一に重要視されるのは、窒素です。窒素は①アンモニア態と②硝酸態に分けられます。アンモニア態窒素は、生育に有害なので、①から②への化学変化が重要となります。
窒素の化学変化は、以下のとおりです。
尿素態の窒素(1→アンモニア態窒素(2→亜硝酸態窒素(3→硝酸態窒素(4の順に代謝が進行します。アンモニアの酸化に伴い、無毒化されるイメージです。ここで、(2→(3の過程、(3→(4の過程では、ニトロソモナス属やニトロバクター属の細菌による代謝が関与しています。
植物が栄養として好む存在形態は、アンモニア態や硝酸態など様々であり、水流の上流や下流に配置する植物の順番は検討する必要があります。また、魚類の選択も重要です。つまり、pHや汚れ、温度に対しての許容範囲を知ることが、適切な魚の選別をすることにつながるのです。また、細菌の代謝も重要な要因です。水温が大幅に変化する場合や、化合物の濃度が極端に変化する場合、細菌の代謝活性も変化します。すると、アクアポニックスの根幹をなす(2→(3の過程、(3→(4の過程が大きく影響を受け、栄養循環が成立しなくなるのです。
ここでは、窒素の循環について注目しました。しかし、生物の生育には、リン、カリウム、鉄、モリブデンなど、その他の栄養についても制御する必要があります。持続可能な系の構築に際して、考えるべきことは多くあり、これこそがアクアポニックスの醍醐味でもあります。
アクアポニックスの応用例
ここまで、アクアポニックスの仕組みについて簡単な説明をしました。それでは、この技術がどのように応用されているのでしょうか。まずは、Clarivate社の提供する研究検索・調査ツール"Web of Science"にて、アクアポニックスと関連深いキーワードを調べます(2021年9月現在)。
Aquaponicsのキーワードに対して617件の研究がヒットしました。漁業・水産業(Fisgeries)、環境科学(Environmental Sciences)、園芸(horticulture)、持続可能な環境技術(Green Sustainable Science Technology)が上位にランクインしています。
続いて、年代別の論文発刊数を調査しました(2021年9月現在) 。
2010年では僅か1件の研究でしたが、近年は100件を超える研究が報告されています。異常気象や温暖化、森林火災の多発から、私達の与える環境への影響に注目が集まる昨今。持続可能性というキーワードはあらゆるフィールドに散見されます。アクアポニックスへの注目が集まるのは自然な流れかもしれませんね。
続いて、海外でのアクアポニックスの事例を3件紹介します。
INAPRO
INAPRO(Innovative Aquaponics for Professional Application)は、水、エネルギー、栄養の節約を目的とした技術の統合と、アクアポニックスの新たなモデル構築を図るプロジェクトです。INAPROは、EUによる助成(grant agreement no 619137)を受けています。以下、INAPROのスキームです。
INAPROでは、モデル構築と最適化の過程を経て、アクアポニックスの商業化を目的としています。①スケーラビリティ(拡大可能性)、②アダプタビリティ(適応可能性)を重視し、田舎から都市部まで場所を選ばないアクアポニックスを目指しています。
このプロジェクトには、The Leibniz Institute of Freshwater Ecology and Inland Fisheries (IGB) をはじめとした多くの企業が参画しています。
Aquponi
Aquponiは神奈川県に構える企業で、"さかな畑"という言葉を提案しています。
さかな畑:野菜と魚を一緒に育てる地球に優しい循環型農業*2
事業内容は以下のとおりです。
引用: アクポニ会社概要*3
- 農場設置: -アクアポニックス農場のデザイン、施工、栽培指導-
- 農場管理: -栽培管理ITシステムの開発-
- 資機材: -農場に関わる資機材、消耗品の開発-
- AQUAPONICS ACADEMYの運営: -アクアポニックスの学校-
- 書籍の出版: -実践マニュアル本-
- 家庭用栽培キット: -家庭用栽培キットの開発-
前半3つの事業がTo B、後半3つの事業がTo C(アウトリーチ)といったところでしょうか。神奈川県の湘南には、展示試験場が建てられており、LEDライトによる閉鎖環境でのアクアポニックス、太陽光を取り入れた半閉鎖環境でのアクアポニックス、両者を取り入れたハイブリッドのアクアポニックスが備え付けられています。今後、日本各地への展開が期待されます。
Aquaponics treatment system inspired by sewage plants
こちらは、2021年6月に発行された最新の論文からの引用です。
本論文では、アクアポニックスに重要な栄養循環において問題となる、魚の給餌形態と水耕栽培における栄養の方法を検討しています。
魚の給餌方法には、固形の餌を散布することが一般的ですが、この餌が流路の詰まりを引き起こします。つまり、大量の給餌をすることができないという問題につながるのです。そこで、固形物を処理するユニットをシステム中に取り入れることで、水中の固形物総懸濁量を87%カットし、詰まりの問題を改善することに成功しています。
また、水中での栄養の存在形態についても言及されています。一般的に、生物が栄養を吸収するためには細胞内に栄養が取り込まれる必要があります。これは、①分子レベルではリン脂質二重膜(細胞膜)を栄養素が通過し、②体内の酵素による代謝を受ける、というプロセスが必要です。従って、上記のステップを経ることができない分子は、水中に存在していたとしても栄養として機能しないのです。本研究では、栄養を過剰に供給した場合についても、①水耕栽培で育てたレタスの栄養が高くなることはなく、また②今回試験した系においてはBやPが慢性的に不足することが示されました。
おわりに
人の手をできるだけ加えずにアクアポニックスを実現することは、物質循環をいかに制するかという問題に直結しています。実際に、地球では多くの生物が人間の手を離れて生活しています。地球という閉鎖系を、小規模で再現すること。これはアクアポニックスにおける究極の課題といえるでしょう。
いかがでしたか?アクアポニックスを考えることは、実は地球に存在する限られた資源をいかに有効に利用するか、という問題と似ている気がします。今後、アクアポニックスの研究・開発が進み、都市でも田舎でも、場所を選ばずに農業と漁業ができる未来が来ることを期待しています。
以上、りけいのりがお届けしました。
参考文献
*1:室伏 春樹, 原田 耕作, 白井 貴大, 松下 直輝, 鄭 基治, 藤井 道彦, 技術科教育におけるアクアポニックス教材の提案, 日本産業技術教育学会誌, 2019, 61 巻, 4 号, p. 253-260, 公開日 2020/12/28, Online ISSN 2434-6101, https://doi.org/10.32309/jjste.61.4_253
*2:アクポニ、
https://aquaponics.co.jp/wp-content/uploads/2020/09/%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7_0916_DL%E7%94%A8.pdf
*3:https://aquaponics.co.jp/wp-content/uploads/2020/09/%E3%83%81%E3%83%A9%E3%82%B7_0916_DL%E7%94%A8.pdf