本日も、りけいのりがお届けします。
突然ですが、読者の皆様は"偽膜性腸炎"あるいは"偽膜性大腸炎"という疾患をご存知でしょうか。もしかすると、腸の疾患を患ったり、近しい人が罹患しなければ、このような病気についてあまり知らないかもしれません。
病気については、一生触れずに生涯を終えることが理想です。しかし、今日の日本においては、病気に罹患することを前提とした人生を考えることが現実的です。厚生労働省および国立がんセンターの発表によると、
- 日本人の2人に1人はがんに罹る
- 日本人の3人に1人はがんで亡くなる
とのことです。小学校40人で1クラスだとすると、自分か隣の友達のどちらかはがんに、自分か左右の友達の誰かはがんで亡くなる計算です。医療や公衆衛生が発達し、栄養失調や感染症で命を落とすことが減った人類の宿命かもしれません。
では、病気になる人とならない人は、何によって決まるのでしょうか。もちろん、決定的な要因はありません。複数の要因が干渉しあって病気は発症します。しかし、以下の要因は、人の寿命を大きく左右します。
- 喫煙:喫煙は良くない
- 食生活:暴飲暴食や偏食は良くない
- 運動習慣:適度な運動が良い
- 睡眠:睡眠時間が寿命に影響を与える
かなり一般的な事柄を羅列しました。そして、りけいのりで協調したいもう1つの要因こそが"ヒト常在細菌叢"です。細菌叢とは、多様な細菌の集まりを示す言葉です。したがって、ヒト常在菌細菌叢は、ヒトの体外に存在するあらゆる細菌のことを指します。これらの細菌の数は、40兆個ともそれ以上とも言われています。人体を構成する細胞の数に匹敵するか、凌駕する細胞数です。
彼らは、人にはできない代謝(生体内で起こる化学反応)が可能です。我々には消化できない食物を分解して栄養にしてくれます。彼らは、病原菌から我々を守ってくれます。常在菌が体外に繁茂することで、外来の病原菌が定着する隙きを与えないのです。
前置きが長くなりました。人の健康を維持する上で、もはや人に共存する彼らを無視することはできません。彼らと上手く付き合うことが、健康を維持する上で重要なポイントです。
今回のテーマである"偽膜性大腸炎"は、彼らと上手な関係を築けなくなった時に発症する炎症疾患です。この記事では、偽膜性腸炎の解説を行い、ついで偽膜性腸炎に関する研究をご紹介します。
偽膜性大腸炎ってどんな疾患?
偽膜性大腸炎(Pseudomembranous colitis)とは、薬剤性大腸炎に分類される疾患です。抗生物質の投与などにより腸内細菌叢のバランスが乱される状態(Disbyosis: ディスバイオシス)に陥ることで、毒素を産生する細菌のClostridioides difficile(旧名: Clostridium difficile)が腸管に定着することで炎症が惹起されます。
抗生物質は、人に常在する細菌も、外来の病原菌も無差別に攻撃します。抗生物質投与により、多様性の損なわれた腸内細菌叢に対しては、外来の病原菌が定着しやすくなるのです。Clostridioides difficile(クロストリディオイデス ディフィシル)の他にも、腸炎を惹起する細菌が知られています。
以下、本田と飯田らの記述を引用します。
薬剤性大腸炎
治療目的で投与された薬剤により惹起される急性の大腸炎である。広義には医原性疾患に含まれ、薬剤の副作用に対する社会的関心の増加から日常診療においても常に念頭に置くべき疾患である
本記述では、薬の投与に対する社会の期待について警鐘を鳴らしています。むやみやたらに薬剤を投与すると、Disbyosisを引き起こし兼ねないのです。
薬剤性大腸炎は、抗菌薬(抗生物質)や非ステロイド性抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs: NSAIDs: エヌセイズ)、抗がん薬、胃切除術後などに投与される酸分泌抑制薬の投与により発症します。下痢や下血を引き起こすのが特徴で、偽膜性大腸炎や出血性大腸炎、MRSA腸炎が含まれます*2。
ここで、抗菌薬の投与により、以下のプロセスが伴うことで発症する疾患を偽膜性大腸炎と呼びます。
- 抗菌薬を投与する
- 抗菌薬により、腸内に棲息する細菌の多くが死滅する
- 多様性、存在量ともに減少した腸内に、Clostridioides difficileが定着する
- Clostridioides difficileがトキシンAやトキシンB、Binary Toxinなどの毒素を産生する
- 毒素の影響により、腸管上皮細胞が壊死するなどして、炎症反応が起こる
- 偽膜と呼ばれる黄白色の膜状構造が生じる
症状、好発部位、治療法は以下の通りです。止痢剤や鎮痙剤の投与は、体外へのトキシン排出を遅らせるため、禁忌となっております。
症状:高熱(白血球増多),腹痛,下痢,血便
好発部位:大腸に好発し,とくにS状結腸・直腸に多い→小腸に及ぶ場合もある(偽膜性全腸炎)
治療:抗菌薬の投与中止、メトロニダゾールやバンコマイシンの経口投与
高齢者や腎不全、がん、白血病などの疾患を有する方に罹患が多く、院内感染が最も頻繁な疾患であると言われています*4
偽膜性腸炎と腸内細菌
続いて、Clostridioides difficileの生態に迫ります。ヤクルト中央研究所の菌の図鑑を参考、Clostridioides difficileの生態を示します。
- グラム陰性細菌
- 偏性嫌気性細菌: 酸素存在条件下で生存・増殖できない
- 1935年に乳児の便から分離
- 偏性嫌気性であり分離が難しく、difficile(ラテン語: 困難な)と命名
- 桿菌・周毛性鞭毛、芽胞形成菌
- ヒト、ウマなどの腸内、土壌
- 健康な乳幼児の大便には15-70%の頻度で、健康な成人の大便からは2-15%の頻度で検出
C. difficileは、ヒトに頻繁に検出される細菌と言えます。院内感染が頻発するのも納得です。C. difficileは様々な薬剤耐性株が知られていて、フルオロキノロン、クリンダマイシンへの耐性菌が存在します。このような状況を受けて、アメリカやイギリスではC. difficileの感染に対してトップレベルの警戒、感染対策を施しています。一方、国立感染症研究所が示すとおり、日本国内においての危機意識は低いのが現状です。
日本でのCDI感染対策における, 最も大きな問題点は, CDIに関する認識・理解の低さにある。医療機関だけではなく, 高齢者施設や自治体等の保健衛生に携わる関係機関での正しい情報の共有が必要である。
炎症の直接の原因となるのは、C. difficileの産生する以下2つの毒素です。
ToxinAとToxinB以外にも、Binary Toxinと呼ばれる毒素を産生するC. difficile菌株が存在することも知られています。
おわりに
今回の記事では、抗菌薬の投与とC. difficileによる腸内細菌叢の菌交代現象に伴う、偽膜性大腸炎についてまとめました。高齢化の進む日本においては、年齢が好発の要因となる偽膜性大腸炎の院内感染症が、今後大きな問題となると思います。仮に抗菌薬投与の必要が生じた場合、抗菌薬の摂取をするか否かは、一度かかりつけのお医者さんと相談すると良いでしょう。
最後に、便微生物移植について取り上げます。偽膜性大腸炎が、健常者の便を移植することで完治する例が報告されています。以下に、腸内細菌叢研究の大御所、ロブナイツの文章を引用します。
(前略) 初期のクロストリジウム・ディフィシル腸炎の患者の糞便の中に、健康な人には見られない細菌コミュニティがあり、表皮や膣にあるコミュニティと似ていることがわかりました。しかし、糞便移植をしてから数字で患者たちの腸内細菌は健康な人と似た状態になり、症状は消え去りました。
疾患の根本原因に対して有効なアプローチをすることで、低リスクで高い効果が得られる好例でしょう。
りけいのりでは、腸内細菌叢と疾患の関係をまとめています。今までに、潰瘍性大腸炎、クローン病、過敏性腸症候群について取り扱ったので、併せてご覧ください。
www.rek2u.com以上、りけいのりがお届けしました。
参考文献
*1:本多啓介, 飯田三雄(2001), 特集 主題Ⅱ: 最近話題になっている腸の炎症性疾患(IBDを除く) 2.薬剤性大腸炎, 日本大腸肛門病会誌, 54, 932-938. はじめに, より引用
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcoloproctology1967/54/10/54_10_932/_pdf
*2:参考: 医療情報科学研究所 (2020)、病気がみえる vol.1 消化器 第6版 第2刷、薬剤性腸炎, 187-189.
*3:参考: 医学用語解説集 偽膜性大腸炎, 日本救急医学会, Accessed: 2021/09/02, URL:
*4:重篤副作用疾患別対応マニュアル 偽膜性大腸炎, 厚生労働省, 平成20年3月, Accessed: 2021/09/02, URL:
https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1g05.pdf
*5:菌の図鑑 クロストリジウム ディフィシル (クロストリディオイデス ディフィシル), ヤクルト中央研究所, Accessed: 2021/09/02, ULR:
クロストリジウム ディフィシル (クロストリディオイデス ディフィシル) | 菌の図鑑 | ヤクルト中央研究所
*6:日本のClostridioides difficile感染症、国立感染症研究所、2020年3月31日、Accessed: 2021/09/02, URL:
IASR 41(3), 2020【特集】日本のClostridioides difficile感染症
*7:ロブ・ナイト、ブレンダン・ビューラー、訳)山田拓司 (2018)、TEDブックス 細菌が人をつくる 第一刷、株式会社朝日出版社、第5章 細菌群集をハックする、126-127.