本日も、りけいのりがお届けします。
今回と次回の内容で、分子軌道法の一区切りです。最後の砦であるヒュッケル近似を、シュレディンガー方程式に組み込むところからスタートします。
まだ前回の記事を読んでいない方は、こちらからご覧ください。
この記事を理解できれば、あなたも化学結合の本質に触れることができます。
化学結合は、この世界に満ち溢れる物質を形作る上で、なくてはならないものです。
まずは、今までの記事で取り扱った内容を概観し、シュレディンガー方程式を解くために必要な規格化、変分原理などを示します。
今までのおさらい
まず、今までのおさらいからです。
現在までに、以上のような道を辿ってきました。
- まずは、古典力学 (Newton力学) による化学結合の説明や、現代に分子軌道法を学ぶ意義についてお話しました。
- 続いて、古典力学とは一味違った量子力学の世界観や、化学反応の起きる世界は量子力学の範疇にあることをお話しました。
- さらに、量子力学の基礎方程式としてのシュレディンガー方程式を導入し、そこから分子軌道の意味について考えました。
- そして、シュレディンガー方程式の各項が示す意味、ヒュッケル近似と有機化合物によくみられるπ共役系の説明をしました。
改めて、分子軌道とは何かを明確にしておきます。今までの記事をご覧になっていれば、必ず理解できる内容です。
電子は、原子核近傍をさまよう幽霊のような存在です。
電子雲という表現は、言いえて妙。
そんな電子の挙動は、量子力学の基礎方程式である、シュレディンガー方程式により記述されます。
電子を有する2つの原子核が接近すると、波としての性質をもつ電子が互いに干渉を起こし、そこには波動関数の強めあいと弱めあいが同時に生じます。ここで生成された、2つの新たな量子力学系こそが分子軌道であり、強めあいにより結合性軌道、弱めあいにより反結合性軌道が形成されます、
これで、準備は整いました。ヒュッケル近似を用いたシュレディンガー方程式の解法に迫ります。
ヒュッケル近似を用いたシュレディンガー方程式の解法
LCAO近似
まず、具体的に分子軌道をどのように表現するか、という問題があります。1つの表現方法として、LCAO近似というものがあります。
線形結合は、線形代数で出てくる重要な概念です。線形代数を学修したことのない人は、係数(定数)のかかった和として捉えてもらっても構いません。
これにより、係数さえ求めることができれば、結合前の原子軌道から分子軌道を求められるようになります。分子軌道は、分子中での電子の存在確率密度を表現することから、どの官能基が求電子的で、あるいは求核的かなどを端的に表現することができます。
規格化
もう一つ、重要なツールとして、規格化(Normalization)、という操作を紹介します。
波動関数の2乗が量子の確立密度分布を示すというボルンの解釈は、以前説明しました。ここで重要なのが、確率密度分布であるということです。体積要素を乗ずることで、その空間に存在する量子の確率が初めて求まります。
そこで、微小体積要素と波動関数の2乗の積を、全空間に関して和をとったら、どのような値をとるのでしょうか。シュレディンガー方程式では、1つの量子の挙動に着目していますので、全空間の中に存在する確率は1となります。
つまり、量子の存在確率密度分布の、全空間積分は1となります。
分子軌道を求める
それでは、シュレディンガー方程式を解くことで分子軌道を求めてみましょう。シュレディンガー方程式の演算子の部分はハミルトニアンと呼ばれており、ℌにより略号されます (花文字またはハット表示で表されます。※図中はハット表示で統一)。
ここで、シュレディンガー方程式の両辺に左から波動関数をかけてみます。前回の記事で、シュレディンガー方程式の左辺は波動関数の積では無く、演算子(ハミルトニアン)が波動関数に作用することで得られる1つの関数であることを示しました。よって、順序の逆転などはできません。
一方、右辺はエネルギー固有値 (全エネルギー) と波動関数の積であることから、波動関数を2乗にまとめることができます。
以上の操作から得られた式は、左辺、右辺の双方とも新たな関数です。よって、微小体積要素dτを用いた全空間における積分が可能となります。ここで、現在扱っている波動関数は分子軌道であることを思い出すと、LCAO近似により得られた原子軌道の線形結合の式を代入できます。
ここで、分子および分母を展開すると様々な項が出てきます。それぞれの項は後のヒュッケル近似でも重要になるため、以下のように表現するとします1)。ここで、cAおよびcBは係数(定数)なので、積分の外に出すことが可能です。
抑えたいポイントは、いずれの略号も、全空間積分を経て得られた値を示すということです。ここで、改めて整理したシュレディンガー方程式に対して略号を当てはめると、次の通りになります。
"整理したのに、むしろ複雑に見える!!" とお思いの方。この後、以上の式が鮮やかな変貌を遂げます。ここで、新たな概念である変分原理を導入します。
SAA, SAB, SBB, HAA, HAB, HBBはそれぞれある値をとることは上述しました。よって、ここでの変数はE, cA, cBとなり、cA, cBを変数としたEの二変数関数として表すことができます。上述の曲面が、整理されたシュレディンガー方程式の概念図です。
ここで、外的な作用を量子力学系におよぼさない限りは、エネルギー的に最小の状態(基底状態)をとりうるとすると (変分原理)、cA, cBを求める2つの式が得られます。
ここで、cA, cBの極小値を求める操作は偏微分です。(ざっくりとした説明では)偏微分とは、複数の変数が存在するときに、注目する変数以外はすべて定数とみなして関数を微分する操作です。(ざっくりとした説明では)微分とは、曲線の傾きを求める操作です。
上図のエネルギー的に安定な状態に着目すると、そこは下に突な極小値をとっています。そこで、cA, cBにおける偏微分を行うと、値は0 (傾き0)であることが分かります。ここでは、積の微分を活用すると、難なく微分が行えます。
以上の操作を経ることで、次の2式を得ることができます。この2式を同時に満たすようなcA, cBこそが、私たちの求めたい係数となります。
次回は、以上の2つの方程式の解を求めるところからスタートします。
終わりに
今回から、様々な数学的操作を用いてシュレディンガー方程式を扱う作業に入りました。初学者にとっては、難しいところも多々あったかと思います。最初は分からないのが常なので、焦らず、少しずつ理解を深めてもらえればと思います。
次回は、分子軌道のエネルギーや分子中における電子密度について扱います。もう少しで、我々の知る化学の世界が見えてきます。
道中を、一緒に楽しみましょう!!
以上、りけいのりがお届けしました。
参考文献
1) 井本稔 (2001), 有機電子論解説 第4版 第9刷, 株式会社 東京化学同人, 14 分子軌道法-HMO.

- 作者:稔, 井本
- メディア: 単行本