本日も、りけいのりがお届けします。
今回の記事は、最近"神奈川県を騒がせている異臭騒ぎ"に関する内容です。神奈川県にお住まいの方は不安なことと存じます。何事もないことを祈りますが、原因は未だ判明しておらず、
- 石油タンクから中身が漏洩
- 地震の前触れ
など、様々な憶測が飛び交っております。
りけいのりでは、不確実な原因究明に踏み込むのではなく、あえて臭気の原因物質の性質に迫りたいと思います。何事も学びの原動力にし、今回の場合であれば化学的知識の増強を目指します。
異臭騒ぎの概要
まずは、異臭騒ぎの概要についてです。
- 神奈川県における異臭騒ぎの頻度:
・横浜市: 2020/10/1、2020/10/3、2020/10/12
・横須賀市: 2020/6/4、2020/7/17、2020/8/21、2020/9/19、2020/10/1
・三浦市: 2020/6/4
(FNN プライムオンライン1))
- 多くの県民が異臭の存在を訴えた
このように、いずれの判明例も、神奈川県は海沿い・広域にて起きていることから、
- 石油タンクから中身が漏洩→ガソリンのような匂い
- 地震の前触れ
という憶測が飛び交うようになりました。
環境関連法が整備される以前は、
- 工場の近隣では悪臭が立ち込めているのが当たり前
という時代もありました。地球環境へ与える、ヒトの諸活動の影響が、未だ認知されいなかった時代です。以下に示すのは、北九州市における大気汚染の顕著な例です。
このように、高度経済成長期における北九州市の大気、水質(写真:洞海湾)の汚染は顕著なものでした。
現在では、このような汚染は既に見られなくなっています。りけいのりも以前、北九州市にとあるプロジェクトで足を運んだ時に、以上のような歴史を知りました。直接伺った話によると、工場の近くに位置していた学校には、ばい煙が積もるほど降り注いでいたそうです。
このような環境問題は、子供の健康被害を案じた母親たちが活発な働きかけをして、克服されたようです。良くも悪くも、ヒトには影響力があることを知らしめた事例でしょう。
現在では、今回のような異臭騒ぎがヒトの諸活動に起因する場合、典型七公害として分類されています3)。
- 典型七公害:大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、振動、騒音、悪臭
今回の例に関しては、ヒトに起因するものかどうかは定かではないので、検出された物質について理解を深めることにします。
大気から検出された飽和炭化水素
まずは、大気から検出された物質についてまとめます。今回検出されたのは、飽和炭化水素に分類される、炭素と水素を主体とした有機化合物です。
- ペンタン
- イソペンタン
- ブタン
順をおって説明します。
ペンタンは、炭素が5つ、直線状に連なった飽和炭化水素です。"飽和"とは、いずれの炭素間にも二重結合が含まれず、炭素に最大限の原子が結合している (飽和している) ことを示す言葉です。
また、ペンタンの別名であるn-Pentane (ノルマル-ペンタン) とは、構造中に分岐が無く直線状の分子であることを示します。
臭いは"ガソリンのような臭気"と、機器分析による結果と神奈川県民の体感が一致していることが分かります。人間の鼻は、優れた化学分析機です。人間の鼻を頼りにした、"におい嗅ぎクロマトグラフィー"という分析手法もあるくらいです。
こちらは、ペンタンの親戚であるイソペンタンです。分子式に違いはなく、こちらも炭素5つが結合した飽和炭化水素です。ペンタンと異なる点は、直線状ではなく分子内に分岐構造を有している点にあります。
"イソ-"とはギリシャ語である"iso"+"meros" (同じ部分で作られる)という異性体(isomer)に由来する接頭辞です6)。
ブタンの別名はn-Butaneと、やはり直鎖であることから"n(ノルマル)-"の接頭辞が付帯します。ペンタン、イソペンタンのアナロジーから、ブタンにもやはりイソブタンという異性体が存在します。
ここで、それぞれの飽和炭化水素の沸点に着目してみます。沸点とは、ある圧力 (ここでは大気圧)において、液体が気体となるような温度を指します。水でいうところの100℃です。
ここではざっくりと、沸点を決める要因について扱います。分子が重かったり、分子の間に引力が働いていたりすると、分子は密につまる (パッキングされる) 傾向にあります。結局、分子量が大きいことは、分子の図体が大きいことを意味しており、結果として分子間で相互作用できる表面積が増えるのです、
ここで、ペンタン、イソペンタン、ブタンの分子式、分子量、沸点をまとめます。
- ペンタン:C5H12:72.15 g/mol:36℃
- イソペンタン:C5H12:72.15 g/mol:27.8℃
- ブタン:C4H10:72.15 g/mol:-0.5℃
まず、分子量の大きなペンタン、イソペンタンの沸点が、ブタンよりも高いことが分かります。これは、ペンタンおよびイソペンタンを気体にするために必要な運動エネルギーが、ブタンよりも大きいことを示しています。
では、分子量の差がないペンタンおよびイソペンタンの間の沸点の差はどのように説明されるのでしょうか。
それは、パッキングと呼ばれる分子のつまりやすさ、収納のしやすさに起因します。分子が密につまると、それだけ分子間で相互作用を行う有効な表面積が増大し、結果として分子間に生じる引力が大きくなり、気体にするために必要な運動エネルギーが大きくなるのです。
おわりに
今回の記事では、神奈川県での異臭騒ぎを皮切りに、化学に関する知識を深めました。特に、異臭騒ぎの原因物質として、飽和炭化水素である
- ペンタン
- イソペンタン
- ブタン
が特定されたことを紹介し、それぞれの化学的性質にも言及しました。
異臭騒ぎの内容はひとまず置いておくと、このように身の回りで起こる事件には、学びのチャンスが隠れています。科学の眼鏡で眺めてみると、いつもは見えてこなかった事実が浮かび上がるかもしれません。
楽しい理系ライフを、ともに過ごしませんか?
以上、りけいのりがお届けしました。
参考文献
1) FNNプライムオンライン、ついに横浜市で”異臭”の採取に成功、分析の結果も判明!度重なる”異臭騒ぎ”の正体とは、Accessed: 2020/10/22.
2) 北九州市 (2014)、北九州市の公害克服 > ばい煙の空、死の海から奇跡の復活、Accessed: 2020/10/22.
3) 環境用語集、典型七公害、EICネット、Accessed: 2020/10/22.
4) The Structure and property were referred, Accessed: 20201022.
5) The Structure and property were referred, Accessed: 20201022.
6) J. McMurry, E. Simanek (2015) Fundamentals of Organic Chemistry, 訳書 マクマリー 有機化学概説 (第6版, 第8刷), 訳)伊藤しょう, 児玉三明, 株式会社東京化学同人, 2. 有機化合物の性質.
7) The Structure and property were referred, Accessed: 20201022.