本日も、りけいのりがお届けします。
今回は、生化学、分子生物学の分野から記事を書きます。
皆さん、今年のノーベル化学賞の発表はご覧になりましたか?
受賞者は、以下の2人でした。
- Emmanuelle Charpentier (エマニュエル・シャルパンティエ) (51):フランス:微生物学者
- Jennifer A. Doudna (ジェニファー・ダウドナ) (56) : アメリカ : 構造生物学者
授賞理由は、
"For the development of a method for genome editing."1)
→ゲノム編集の方法論の発展
です。 特に、クリスパーキャス9は、近年の分子生物学では名前を耳にしないことはまずありません。それほどに浸透している技術です。
一方、一般の方にとっては、ゲノム編集? クリスパーキャス9? なんだそれは? という感じだと思います。ですので、ここではそのような方に向けて分かりやすく解説します。
ゲノム編集とは
まず、ゲノム編集とは何か説明します。
ゲノムとは、以下のように成り立つ語です。
Genome: Gene (遺伝子) + Ome (全体: 接尾辞)
発音は、ジーノーム。
我々の生命情報を司どるのは、お馴染みの DNA (デオキシリボ核酸) です。DNAは、核酸という名前の通り、化学物質の名称です。この世の中に実態があるということです。
それでは、遺伝子とは何でしょうか。遺伝子は、遺伝情報 (すなわち我々の生体内で形質を発現する、意味のある情報) のことを指します。遺伝子は、情報です。
では、ゲノムとは何でしょうか。ここでは、言葉の成り立ちが伏線となっています。つまり、遺伝子の全体を指すのが、ゲノムです。我々の生命情報を保存するDNA内の全情報こそが、ゲノムなのです。ですので、ゲノムも、情報になります。
以下、用語の確認です。
以上の語は、混同されがちですが、しっかりと区別することが重要です。
では、ゲノム編集とは何か。それは、ゲノムを書き換える (DNAにコードされた情報を書き換えること) に相当します。命の性質を、変えてしまうということです。
興味深くも、恐ろしくもあるこの技術を開発した、2人の科学者に、栄誉あるノーベル賞が与えられたのです。では、どのような方法によりゲノム編集を行うのでしょうか。
クリスパーキャス9とは
我々の生命情報は、DNA上に物質的に保存されていることは既に述べました。つまり、この物質を改変さえすれば、生命の備える性質は変化することになります。
とはいえ、我々が工作を行い、ハサミとテープで切り貼りするようなスケールの話ではありません。分子レベルのお話となります。
ここで登場する、ゲノム編集を行う技術の名前こそ、クリスパーキャス9です。
正式名称は、以下の通りです。
CRISPR-Cas9
Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats / CRISPR associated proteins)2)
つまり、CRISPR部とCas9部からなる語です。
機能はまさに、標的部に着実に結合して、切断を行う精密なハサミです。これと、その他の操作を組み合わせることで、ゲノム編集が完了します。特に、応用範囲が広く、実験操作も簡単なCRISPR-Cas9は、多くの研究現場にて利用されています3)。
クリスパーとキャス9のざっくりとした説明です。
おわりに
ここで、ノーベル賞受賞後の、2人の科学者のインタビューを引用します。
Emmanuelle Charpentier
「私たちに続いて科学の道を歩もうとする若い女性たちにとって、今回の受賞が前向きなメッセージになることを願っています」
少し古いデータになりますが、2007年の時点で、高等教育機関における女性教授の数は、男性教授の1/3 程度となっております6)。近年は、ジェンダー論が活発に議論されており、男性社会というシステムが廃れつつあるとは思います。
そんな中、今回のノーベル化学賞受賞のニュースは、社会的なインパクトも大きいものと思われます。
Jennifer A. Doudna
「ストックホルムにある王立科学アカデミーから早朝に電話を受けて本当に驚きました。私の一番の望みは、研究の成果が、生物学の新たな神秘を解き明かし、人類に恩恵を与えられるような良いことに使われることです」
ダウドナ教授がおっしゃる通り、人類の幸福・恩恵のために科学技術は発展するべきです。そのためには、人類の一人ひとりが正しい科学リテラシー、倫理観を備えることが重要となります。
分子生物学の発展に大きく貢献した、PCR法について解説した記事もあるので、併せてご覧ください。
以上、りけいのりがお届けしました。
参考文献
1) The Nobel Prize in Chemistry 2020, The Nobel Prize, Accessed: 2020/10/08
2) DNA二本鎖を切断してゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる新しい遺伝子改変技術, 特集:CRISPR-Cas9 とは, コスモ・バイオ株式会社, Accessed: 2020/10/08.
3) JSTニュース 2018年4月号、遺伝子操作の革命、ゲノム編集、3-4、Accessed: 2020/10/08.
https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2018/201804/pdf/2018_04_p03-04.pdf
4) CRISPR-Casによる ゲノム編集機構の解明 - Japan Prize, Accessed: 2020/10/08.
https://www.japanprize.jp/data/prize/2017/j_2_achievements.pdf
5) 今年の化学賞は? 2020年ノーベル化学賞に「ゲノム編集」の研究者2人, NHK, 2020年10月7日 午後9時23分更新, Accessed: 2020/10/08.
6) 男女共同参画局, 3. 研究分野への女性の参画, Accessed: 2020/10/08.
http://www.gender.go.jp/research/kenkyu/sekkyoku/pdf/senmonsyoku/22_ch5-1-3.pdf