本日も、りけいのりがお届けします。
本記事は、前回記事の続きです。まずはこちらをご覧ください。
今回は、生物間でのフェロモンによるコミュニケーションの世界をご紹介します。
前回の復習をすると、フェロモン (Pheromone)とは、ある種の生物から分泌され、同一種の他の個体に対して影響を及ぼすような有機化合物を指しました1)。
そして、ホルモンとフェロモンの違いは、個体内での作用か、個体間での作用か、というものでした。
我々は、
- 日常では視覚的コミュニケーション
- 聴覚的コミュニケーション
に依存した生活をしています。よって、化学物質によるコミュニケーションには、あまりなじみがないかもしれません。でも、人間もにおいなど化学物質によるコミュニケーション、とりわけ自己表現には化学物質を使用します。典型例としては、香水が挙げられるでしょう。ドルガバの香水で、彼女との思い出がフラッシュバックする感じです。
においは、非常に原始的な脳の部位にて感知されるので、多くの記憶と紐づくことがあります。これをプルースト効果といいます(後述)。
それでは、そんな生物間の化学コミュニケーションの世界にご案内しましょう。
化学コミュニケーションの世界
化学コミュニケーションとしてまず考えられるのは、香気成分を介した嗅覚によるコミュニケーション、フェロモンを介したコミュニケーションです。
双方の知覚システムは、ほとんど同じ原理に基づいています。よって、まずはヒトがどのようにして香気成分を感知しているのか、ということについてお話しします。
香気成分を介したコミュニケーション
以下に、人間の嗅覚細胞が香りを感じとる仕組みを示しました。
嗅覚細胞に関わらず、ヒトの細胞はリン脂質二重膜と呼ばれる細胞膜によって、外界と隔てられています。しかし、これでは細胞内外が完全に仕切られてしまい、栄養の取り込みやシグナルの感知を行えません。
そこで、細胞には膜タンパク質と呼ばれる、細胞膜を貫通した構造が存在します。嗅覚細胞には、外界の香気成分と特異的に結合し、結合したことを細胞内に伝える膜タンパク質が存在します。このタンパク質を、Gタンパク質共役型受容体 (G-protein coupled receptor)といいます2)。
Gタンパク質共役型受容体は、隣接するGタンパク質、およびアデニル酸シクラーゼと呼ばれる酵素と共同することで、香気分子の受容を電気信号に変換し、神経伝達を行うのです2)。非常に精巧なシステムですね。この協同が、今あなたの鼻の穴の中で活発に繰り広げられています。
この、「におい」に関する情報は、記憶を支配する海馬領域や感情を支配する扁桃体に直接伝達されることから、様々な記憶のトリガーをにおいが担うと考えられています(プルースト効果)3)。
続いて、フェロモンによるコミュニケーションをお話します。
フェロモンによるコミュニケーション
フェロモンの感知は、香気成分の感知と同様のメカニズムを辿ります。鼻の内側の細胞が、化学物質のセンサーとして働く点では、全く同じですね。
一方、異なる点もあります。それは、香気成分を感知する場所とは異なる場所で、フェロモンを感知することにあります。多くの動物には、
- 主嗅覚系: 通常の香気成分を検出
- 鋤鼻(じょびけい)系: フェロモンの検出
という異なる感覚器官が発達しているようです4)。
フェロモンは、特に昆虫などでは活発に用いられる有機化合物で、カイコガやアリの例が有名です。フェロモンには、様々な種類があります5)。
- 触発フェロモン(リリーサーフェロモン): 感知すると特定の行動を誘発する。性フェロモン、集合フェロモン、道しるべフェロモンなど。
- 誘導フェロモン(プライマーフェロモン): 神経系・内分泌系に影響を与える6)。
皆さんが子供の頃には、公園でアリの隊列を目にしたことがあると思います。あの現象は、道しるべフェロモンと呼ばれるアリの分泌物が成す芸当です。
他にも、女王アリが放出する集合ホルモンは、アリを一挙に集めると同時に、それぞれの接触頻度を増大させます。すると、アリの体表面に存在する炭化水素の組成が平均化され、結果としてアリのコロニー全体の統制がとられると考えられています。
そんなのアリか?!?! すごす蟻る。
他にも、カイコガの性フェロモンであるボンビコールが有名です。メスのガがボンビコールを放出することで、半径数mに存在するオスのガを誘引することができます7)。
このように、構造的に単純な分子が、生物の生殖のカギを握るなんて、なんだか面白い話ですよね。
以前は、人間の活動に対するフェロモンの影響はないと考えられてきました。一方で、近年はフェロモンの影響を示唆する研究結果が報告されてきています。ある研究によると、男性および女性の脇の下の分泌物のにおいが、月経周期に影響を与えることが報告されています5)。
でも、まだまだ未解明な点が多い、魅惑的な分野がフェロモン研究なのです。
おわりに
魅惑的なフェロモンの世界はいかがでしたか?
サイエンスの発達していない時代には、アリの隊列やガの誘引などは、神秘的に見えたことでしょう。しかし、現在我々は、フェロモンの存在とその効果を知っています。
道端のアリさんを眺めてみましょう。彼らはせっせと、お互いのフェロモンを感じ取りながら、今日も働いています。
以上、りけいのりがお届けしました。
参考文献
1) 森謙治 (1986), 生物活性物質の化学 : ホルモンとフェロモンの話(化学への招待), 化学教育, 34(6), 480-483, https://doi.org/10.20665/kagakukyouiku.34.6_480.
2) 平山令明 (2017), ブルーバックス B-2020「香り」の科学, 株式会社講談社, 第3章 香りを感じる仕組み.
3) 平山令明 (2017), ブルーバックス B-2020「香り」の科学, 株式会社講談社, 第1章 生活を彩る香り.
4) 近藤大輔, フェロモン覚, 帯広畜産大学, Access: 20200913.
5) 印藤元一 (1987), においの新しい効用-その化学情報としての機能-, 日本化粧品技術者会誌, 21(2), 101-103.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sccj1979/21/2/21_2_101/_pdf
6) 市川眞澄 (2015), フェロモン, 脳科学辞典, Access: 20200913.
7) 浦野明央, 本能と煩悩(全 12 回) 第 8 回 フェロモン. Access: 20200913.
https://www.press.tokai.ac.jp/webtokai/honnou_to_bonnou08.pdf
8) PubChem, 20200913.