本日も、りけいのりからお届けします。
今回の記事では、様々な分野にて登場する、
活き活きとした水素結合についてお届けします。
"わかる、水素結合。 (part1)"、では水素結合の形成について、分子の存在論から出発して優しく解説しました。併せてお読み下さい。
今回の記事では、化学、物理学、生物学にまつわる水素結合をお届けします。
何といっても、
- この水素結合のおかげで我々の地球は心地よい環境になっている
- 電気伝導に重要な役割を担っている
- 生き物の緻密に制御された代謝には水素結合が不可欠である
と、各分野で大活躍な水素結合。
この記事を読めば、水素結合の大切さを分かっていただけると思います。
それでは、早速見ていきましょう!
化学における水素結合
化学において、水素結合はどんな時にも大切です。
何故なら、私たちが考える系の多くが水中だから。
人間だって、体重の6割程度が水で構成されています。
青い惑星、地球の表面を覆うのも水です。
いたるところで、水を見かけ、また利用しています。
この水はどのような分子の形をしているのでしょうか。
分子の形状は、折れ線型。
肘を曲げたような形をしています。
角度は104.5°(結合角) です。
水の状態変化 (凝固、沸騰) を基準として定めた温度こそが、
摂氏 (セルシウス温度)
だったりします。分かりやすい。
前回の記事の復習をすると、水分子を構成する元素の電気陰性度は2)、
水素: 2.20
酸素: 3.44
です。つまり、水分子の中で電子の偏りが生じることになります。
すると、分子間に水素を仲立ちとした水素結合が発生します。
この水素結合は、水を際立った存在にします。
- 分子量(分子の重さの目安)にしては高すぎる沸点
- 大きな比熱 (温度上昇のしずらさの目安)
- 大きな粘度 (流れの起こりにくさを示す目安)
- 水と比較して氷の体積が大きい
など、水は非常に個性的な分子なのです。これは、すべて水素結合に起因します。
以下、ざっくりとした解説です。
1. 高い沸点
水分子間で水素結合(すなわち引力)が生じていると、液体状態から気体状態(1分子が自由に並進運動をする状態)になるために、余分なエネルギーを加える必要があります。
2. 大きな比熱
水の温度を上昇させることは、分子運動を激しくすることに等価です。
しかし、水素結合による束縛を水分子は受けているので、振動・移動には余分なエネルギーが必要となります。
3. 大きな粘度
水は、実はねばねばとした液体です。ほとんどの方は、水以外の液体に触れることが無いのでわからないと思います。例えば、有機溶媒であるアセトンは、非常にさらさらです。以下に粘度の比較を示します3)。
水: 1.01 mPa・s
アセトン: 0.322 mPa・s
と、このように水素結合の結果が如実に現れています。
4. 体積の逆転
水が低温になり、やがて流動性を失うと氷になります。
この時、水素結合の影響で水分子は規則正しい結晶構造をとります。
そこで、密に分子運動をしていた水と比較して、構造化に伴って氷の体積が大きくなります。これが、流氷やコップの中の氷が浮いていられる理由です。
水は、地球表面の温度にも大きな影響を及ぼします。
海は、比熱の大きな地球規模の水たまりです。
つまり、温度が上昇しやすく、低下しずらいのです。
よって、地球表面の温度に対して緩衝作用を示し、結果として住み心地の良い気温になったりします。(そもそも、地球がハビタブルゾーンに存在することが前提ですが...)
ということで、水を例にとり、化学での水素結合を考えてみました。
物理学における水素結合
物理学の中でも、電気伝導において、水素結合は大切になってきます。
水中にて、水分子が水素結合の影響を受けて互いに引き寄せあっていることは、すでに述べました。
現在では、水素結合を介して、分子間にて水素イオンの受け渡しが行われていることが明らかになっています。このようなメカニズムを、発見者の名にちなんで、
グロッタス機構
といいます。
最近の研究では、グロッタス機構の直接観察も行われています。すごい!!
このような、水素イオンの瞬間的な移動は、すなわち電流が発生していることを意味します。それは、荷電粒子である水素イオン(プロトン)が移動しているためです。
プロトンの移動(プロトン伝導)はすなわち、荷電粒子に対して電気的な仕事がなされたことを示しており、燃料電池の開発などで重要な概念になります。
生物学における水素結合
生き物を構成するのはタンパク質です。
タンパク質とは、アミノ酸を構造単位とする分子で、高分子に分類されます。
高分子とは、単位構造(モノマー)の連鎖的な付加や縮合を経て得られる巨大な分子です。
タンパク質ももちろん巨大です。
水の重さを18とすると、タンパク質は数十万にもおよびます。
10000倍の違いです。バケモンです。
例えば、新型コロナウイルス中に同定されたタンパク質の一つはこんな感じ4)。
新型コロナウイルスの有するタンパク質の様相
(Littler et al., 2020, 4))
と、もはや分子の構造はそこには出てきません。分子を示すと、どうしても煩雑になるので、特徴的な構造を模式的に示してあります。
このような、芸術的なタンパク質の構造は、どのように決められるのか...
やっぱり水素結合です(※その他にも要因は色々あります)。
たとえば、図中のクルクルとばねのような構造は、水素結合により制御されています。
生命情報の保存の中心、DNAにも水素結合は隠れています。
具体的には、ポリヌクレオチドを構成する塩基が、もう一方のポリヌクレオチドを構成する塩基と水素結合をします。
こんな感じで。
生物学を学んだことのある人にはお馴染み。
- グアニン≡シトシン
- アデニン=チミン
塩基対です。水素結合を作れる数が、塩基対の選択的な形成も説明してくれます。
すなわち、
- グアニンとチミン
- アデニンとシトシン
のような塩基対は形成されません。
水素結合の数は、グアニン≡シトシン塩基対の方が、アデニン=チミン塩基対と比較して多いです。すなわち、強固な結合をしています。
この塩基対における水素結合性の違いは、DNAの複製、DNAの分析など、多方面で重要になってきます。
おわりに
以上が、各分野で活躍する水素結合の事例でした。
水素結合は、化学、物理学、生物学を問わず、非常に重要な分子間の相互作用です。
ここで出てきたお話がすらすらとできるようになると、あなたはもう水素結合マスター。
それではまた、りけいのりでお会いしましょう。
参考文献
1) PubChem, 2020/09/03 Access.
2) P. Atkins et al., 2013, Elements of Physical Chemistry 6th ed., 14.11, 訳: 千原秀昭, 稲葉章
3) 流体の粘度と目安
4) Dene R. Littler, Benjamin S. Gully, Rhys N. Colson, Jamie Rossjohn (2020), Crystal Structure of the SARS-CoV-2 Non-structural Protein 9, Nsp9, iScience, 23, 7, 101258,
https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.101258.